1959年
1978年
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1989年
'89年〜'91年
1992年
1993年
1994年
1994年〜
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2005年
2006年
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10月13日 東京江戸川区生まれ。14歳からピアノを習い始める。
桐朋学園大学演奏学科ピアノ科に入学。
松岡貞子、山田朋子両氏に師事。学生時代は遅く始めたコンプレックスもあり、
まわりと自分とのギャップに常に違和感を感じていた。
2年生前期の試験で大失敗をやらかし、松岡門下を破門になる。
同大学卒業。演奏活動を始めるが、自分の音・音楽に疑問を持ちはじめる。
リサイタルの為に来日していたドイツ最後の巨匠といわれていた
@ コンラート・ハンセン教授の演奏を聴き、衝撃を受けると同時に、捜し求めていた
"音"に出会う。妻の後押しもあり、ハンゼン教授のもと、ハンブルグに留学を決意
全ての仕事を後輩に引き継ぎ、渡独。ちょうどベルリンの壁崩壊という歴史的大
事件
とかさなり、すむ家がなかなか見つからず、3ヶ月以上ピアノに触れない日が続くが、
10月13日(30歳の誕生日)にハンゼンという名の夫妻のはなれに住むことが決まる。
'毎年夏にザルツブルグ モーツァルテウム国際夏期講習会に参加。
ハンス・グラーフ、セルゲイ・ドレンスキー、ディーター・ツェヒリンのレッスン
を受ける。そこでAスクリャービン”左手の為のノクターン”と出会う。
演奏活動を再開。ブレーメン、ウィーン、ヴィーナーノイシュタット、ハンブルグ、そして
一時帰国して、市川市にてリサイタルを開く。特にハンブルグではベルゲドルフ紙コンサート評欄にB"デビュー成功・注目に値する才能との見出しで好評。
ノイシュタット市ハッセルブルグ城で行われたコンラート・ハンゼン国際夏期講習会に参加。終了演奏会に出演。同年暮帰国。
江戸川混声合唱団専属ピアニストに復帰。
尚美学園短期大学講師を勤める。
'96年、'98年、2001年、'02年と東京文化会館小ホールにてリサイタルを開く。
重松正大氏に師事し、「肉体と音楽との結びつき」をテーマにさらなる研鑚をつむ。
同年4月 日本画家・鈴木龍朗氏、合唱指揮者・辻秀幸氏、尚美学園大学 教授・岡崎明義氏と共にCiARTS 国際芸術協会を設立する。
同協会の理事を勤め、横浜アートフェスティバル、仙台アートフェスティバル、山中湖夏期合宿、
文京芸術を楽しむ会等、各地にてイベント講習会に出演。
江戸川混声合唱団30周年記念演奏会では、団の委嘱作品、故團伊玖磨氏 作曲"川のほとりで"を演奏 し、直接團氏から称賛のお言葉をいただく他、合唱ピアニストとして、各地で高い評価を得ている。
東京イイノホール及び広島にて、レーシングドライバー"ミスタール・マン"こと
寺田陽次朗氏、エッセイストでピアニストのD中山みどり氏と共にピアノ対談コンサートを開く。
重要文化財上野奏楽堂にてリサイタルを開く。
現在リサイタル、及び20年にわたる江戸川混声合唱団専属ピアニスト、江戸川少年少女合唱団ピアニスト等、演奏活動の他、E音楽塾"クラング"を主宰し、若い音楽家、受験生、室内楽・伴奏法等の指導を行っている。
2006年.11月から帝京平成大学現代ライフ学部人間文化学科講師に就任。
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